常重以下の五輪塔が並ぶ大日寺の千葉氏累代の墓
どんな伝承か
千葉町通町の大日寺は真言宗の寺で、縁起によれば孝謙天皇の御願所として天平八年八月二十二日に行基が開いたという。その後三百七十余年を経た保延元年六月朔日、千葉介常重が上総の大椎から千葉に移って館を構え、この寺に深く帰依して傍らに七社妙見明神を建てた。常重・常胤以下、親胤に至る千葉氏歴代の名が過去帳に記され、一族の菩提所となった。宝徳以後は寺も衰え、建物の多くは兵火で焼け、天正の兵火では古記録も失われた。現在も常重以下十六基の古い墓があり、五輪塔は多くが摩滅してわずかに往時の面影をとどめるだけである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。