守谷の平新皇城跡と将門の偽都
どんな伝承か
北相馬郡守谷町の平新皇城跡は、土地の人が相馬の偽都の跡と呼ぶ場所である。平将門は下総で育ち、京に上って検非違使を望んだが叶わず、郷里の相馬に帰って不満を募らせた。常陸の源護らと争って勝ち、叔父の国香を討ち、平貞盛を破って威を振るい、やがて新皇を称して都を守谷に置いたと伝えられる。史書には偽都を猿島郡岩井とするものもあるが、地元では守谷の平新皇城跡を将門の偽宮と信じて疑わず、松平定信も現地を歩いて三重の堀や一の丸、二の丸の跡を記した。守谷には右近道、城の内、愛宕、高野、二十五軒屋敷など京都をまねて名づけたという地名が数多く残り、大井の地名は京の大井津に模したものといわれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。