菱川師宣の故郷と別願院の梵鐘
どんな伝承か
保田の元名本郷は浮世絵師菱川師宣の生まれた土地で、ここにある寺(那古院、また別願院)が菩提寺だという。かつては境内に師宣一族の墓塔があったが、たびたびの水害で失われ、師宣が寄進した鐘だけが明治四十一年の火災をくぐって今に残る。その鐘の陰文には師宣の父道茂や子の師房、沖之丞ら一家の名が刻まれ、画史の系譜を伝える貴重なものだが、「浮世絵類考」はその陰文を載せていない。師宣は江戸に出て紺屋から絵師となり、岩佐又兵衛の筆意によって一家を成し、「和国百女」や「職人づくし」などで世に迎えられた。没年や墓所は諸説あって定まらず、遺骸を故郷へ葬ったという土地の口碑も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。