西行が弔った呉葉の前の墓松
どんな伝承か
安房郡船形町の山にある西行寺は、恵心僧都の草創にかかり、もとは恵心堂と呼ばれていたが、後に西行法師が巡錫の折に再興したので西行寺と呼ばれるという。西行はもと佐藤兵衛尉憲清といい、保延の末に呉葉の前を妻としたが、まもなく世を捨てて出家した。残された呉葉は幼い子を病で失うと、自らも髪を落として墨染の衣をまとい、夫の跡を尋ねて東路をたどり、幾年かの後にこの恵心堂へたどり着いて草庵を結んだ。しかし十八の若さで病に倒れた。折しも行脚してこの里に入った西行は、草庵で死を待つ尼に行き合い、なじみの女の最期を知って堂宇を開き、呉葉の墓に松を植えて標としたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。