二つ引両を忌む名倉の胡瓜禁忌
どんな伝承か
白浜村白浜の名倉では、秋の七草の祭になると、淵辺伊賀守義博の定紋である二つ引両を染めた幔幕を張り廻して祝う。義博は文和二年七月二十三日に鎌倉の窟で大塔宮護良親王を殺した足利直義の家臣で、武功によってこの地に住んだと伝えられ、幔幕はその家の儀式に始まるという。ところが不思議なことに、この村では淵辺の先祖が忌まれるとして胡瓜が育たないとされる。胡瓜を二つに割った断面が淵辺家の二つ引両に似ているためで、これを無視して胡瓜を栽培しようものなら、その家に災いが降り、祟りらしい出来事が起こると言い伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。