食糧難の家を出て屋敷へ移った黒猫
どんな伝承か
昭和二二年ごろ、敗戦直後の藤沢市での話。八人家族の食卓もろくに整わない時代で、飼っていた金色の目の黒猫クロにまで食べ物は回らなかった。ある日、母がクロの頭をなで、たくさん食べさせてくれる家を見つけて可愛がってもらいなさい、と言い聞かせて何度も頬ずりをした。その晩、クロは家から姿を消した。半月ほどたった夕暮れ、家の近くの屋敷町を歩いていると、足もとに黒猫がすり寄って鳴き、顔を押しつけてきた。もう一声鳴くと、猫は薄闇のなかの社長邸の裏門へ走り込んでいった。母の言葉どおりにしたのだと、語り手も母も涙をこらえられなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 10 狼・山犬、猫(松谷みよ子・現代民話考)
『現代民話考 10 狼・山犬、猫』は、松谷みよ子が日本民話の会の『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きで全国から集めた話を編んだ現代民話の資料集である。明治以降を目安に、狼への畏れと信仰、送り狼や千匹狼、化け猫や猫の踊り、戦中の猫の供出、水洗トイレを使う猫までを収める。序文と各章の前文に続いて「狼・山犬」「猫」の二章を主題別の節に分け、各話例の後に類話の採集地・話者・出典を「分布」として並べる。