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帰り道の下男が消える姿不見の橋

所在地東京都中野区(淀橋)
年代応永年間(約五百年前)
登場中野長者鈴木九郎と下男たち
出典城西風土記と昔語り

どんな伝承か

中野長者となった鈴木九郎は、蓄えた金銀の置き場に困り、野中に一本だけ立つ松の下を隠し場と定め、月末ごとに下男へ背負わせて運び、埋めていた。やがて秘密が漏れることを恐れた九郎は、金を埋めた帰り道、神田川に架かる淀橋の上で下男に声をかけ、鐘が鳴るなどと言って気を逸らした隙に斬り捨てた。以後も疑わしいと思うたびに同じ手口で殺し、その数は十人に及んだという。財宝を背負って出た下男がこの橋から戻らないことから、誰言うともなく淀橋は姿不見の橋と呼ばれるようになった。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))

『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。

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