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薩摩から江戸へ渡った孟宗竹と目黒の筍

所在地東京都品川区戸越
年代寛政元年(1789)五月
登場山路治郎兵衛勝孝、島津浄国公、琉球から孟宗竹を献上させた薩摩の藩主
出典城西風土記と昔語り

どんな伝承か

孟宗竹はもと南支江南の産で、島津家二十一代の祖浄国公が琉球にあるのを聞いて献上させ、元文元年五月に薩摩の仙巌別館へ植えたのが日本での始まりという。これを江戸へ移したのが荏原郡品川領戸越の山路治郎兵衛勝孝、別名筍翁である。回漕業の縁で三田四国町の薩摩侯上屋敷に出入りし、寛政元年五月に数株を鉢植えで取り寄せて自分の宅地に植え付けた。さらに秋に竹の根を掘り起こして弱った根を切り、堆肥や馬糞を施す栽培法を工夫したので筍は大きく柔らかく、神田多町の青物市場へ出して目黒の筍と称された。勝孝は文化二年十二月八日、六十八歳で歿した。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))

『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。

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