隠し目付・弾左衛門と頼朝
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どんな伝承か
エタの頭弾左衛門は秦氏の一族と伝えられる。天下を統一した源頼朝は猜疑心が強かったが、雑色の弾だけは非常に信用していた。房州で兵をあげたとき江戸重長だけが動こうとしなかったため、頼朝は後に重長を武蔵守に任じざるを得なくなったがどうしても気を許せず、隠し目付という重い苦しい役を弾に言い付けた。弾が賤民に身をやつして江戸へ忍び込んだのにはこうした経緯があったという。ところが頼朝が間もなく死んで事情を知る者がなくなり、弾はそのまま賤民として残らねばならなくなった。江戸時代、弾左衛門の屋敷は新鳥越といわれた浅草亀岡町にあり、六十戸数百人を従えて豪奢に暮し、正月には江戸城の参賀も許された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭))
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