都鳥に問うた業平の渡し
どんな伝承か
東国へ下った在原業平は、武蔵と下総を分ける大河のほとりに立ち、はるばる来たものだと心細く思った。渡し守に急かされて舟に乗ると、供の者はみな都を恋しがる。折しも水の上に、嘴と脚の赤い、鴫より大きな白い鳥が遊んでいた。都では見かけない鳥なので名を尋ねると、渡し守はこれこそ都鳥だと答える。そこで業平が、その名を負うならば尋ねよう、わが思う人は無事かと詠むと、舟の者はみな涙にくれたと『伊勢物語』は記す。この川は上流を荒川、次を浅草川と呼び、千住から浅草の間がおもに隅田川と呼ばれていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭))