校庭に残る道しるべの松の最後の一本
どんな伝承か
今は西津軽郡木造町になっているところに、昔、越水村という小さな村があった。津軽の冬はじつにひどく、日本海から砂まじりの吹雪が吹きつけ、道を失って凍え死ぬ人があとをたたなかった。村長を務めていた広岡村の茂兵衛は、この道に木を植えて冬でも道しるべにすればよいと考えた。ところが海からの激しい西風のため木が一本も育たない。茂兵衛は山を荒らし田畑も売り、その金で丈夫な松の苗を求めて植え続け、数年後には美しい松並木となった。それも枯れていき、昭和五〇年頃、道路を造り変えるため残った松も伐られることになった。村人は失うに忍びず小学校の校庭に移し、わずか一本がいま越水小学校の校庭で静かに昔を語っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)