人柱にされた飯塚茂左衛門
どんな伝承か
広瀬の川沿いに、飯塚と呼ばれる所がある。元禄のころ、このあたりはたびたび洪水に襲われて田畑の被害が大きく、何十回と手を尽くしても丈夫な堤は築けなかった。同じ集落の飯塚茂左衛門という男は、人柱でも立てればよいと言いふらし、工事が進まないのをあざけっていた。それがもとで、とうとう本人が人柱として埋められることになったという。不思議なことに、その後は土手が一度も崩れず、長い年月を経た今もこの地は飯塚と呼ばれて語りぐさになっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
滝根町史 第3巻 (民俗編)
『滝根町史 第3巻(民俗編)』の口承文芸の節から伝説を抜き出したものである。福島県田村市滝根町(菅谷・神俣・広瀬)の大滝根山の田村麿と大滝丸、入水寺の観音、小野小町の伝え、鶴ヶ池物語、人柱茂左衛門、曽富登神社、六句の坊、片手観音、三本足の鳥、姥捨山などを収める。古い村誌の文語の引用と聞き書きの口語が混じる。