駅の便所で髪を切り落とした妻
どんな伝承か
夫の任地である大湊へ面会に向かった若い妻が、旅の途中で変調をきたした。上野駅で列車に乗り込むあたりから周囲の様子が妙に思え、黒眼鏡の男が自分を追ってきて同じ車輌に乗り、駅ごとに増える仲間と合図を交わしているように見えたのである。取り囲まれたと思い込んだ彼女は、停車の隙に列車を飛び出して駅の便所に駆け込み、内から鍵をかけた。そして身を守るには男の姿になるほかないと考え、手持ちの小さなはさみで髪を切り落として丸坊主になったところを駅員に保護され、そのまま入院した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の科学――幻覚の心理を探る(中村希明・中村希明・精神医学)
『怪談の科学――幻覚の心理を探る』は、中村希明が精神医学の立場から著した怪談の解説書である。新聞記事の幽霊騒ぎや体験談、民話の化かされ話、「浅茅ヶ宿」やハムレット、『四谷怪談』などの古今東西の怪談を取り上げ、その多くを高速道路催眠現象、感覚遮断、飢えや寒冷、睡眠や薬物による幻覚として説明する。生理的幻覚から精神変調時の幻覚までを四章で分析し、終章「怪談の論理」で恐怖と幻覚の仕組みと日本の幽霊の特色を論じる。