初物を供えぬ船頭を訪れた大入道
どんな伝承か
牡鹿郡牡鹿町字網地の網地浜部落では、漁があったときには初物を種ヶ崎の神社に奉献する習わしがあった。明治の中ごろ、この部落に四郎右衛門という鰹船の船頭がいたが、とても吝嗇で、獲ってきた鰹を神前に供えず、申しわけのように社前の海へ投げ、あとからそれを拾い上げて帰るという風であった。ある夜おそく、雨戸の外から呼び起こす者があるので出てみると、入口に大入道が立っていて、いきなり主人の手を取って外へ引き出そうとした。出まいとして柱につかまると、敷居ごとみりみりと壊れかけた。大入道は「行かぬなら、馬をつれて行くぞ」と言って厩舎の方へ行き、馬も入道もそれきり姿を消してしまったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承