掟を破って崩れた金山の千人塚
どんな伝承か
入谷村は入谷千軒といい、六百年も昔から金鉱の町として大いに繁栄した。同地の大船沢字信倉に千人塚という所がある。貞治年間、女郎を坑内につれこんで酒宴を催し、山の掟を破ったためとかで、坑道が俄かに陥没して鉱夫数百人が圧死したので、その供養のために築かれたといわれる。鉱山は戒律、禁忌のきわめて厳しいところであったのである。
原典より
入谷村は入谷千軒といい、六百年も昔から金鉱の町としてたいへんに繁栄した。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承