一汁三菜に酒で迎えた往診の医師
どんな伝承か
守山領では、領内の医師にかかっても快気しないとき、三春や須賀川、郡山から医師を招くことがあった。この往診依頼にかかる費用は並のものではない。寛政三年七月、飯村左内宅の子供が病気になったおり、須賀川の小児医師・鈴木恭山に往診を頼もうと、駕籠人足四人と中間一人を迎えにやったところ、さらに人と人足を寄こすようにというので手配し直した。医師が着くと、一汁三菜に酒、取肴二種を出して接待している。祝言の振舞いでさえ一汁三菜以内と定められていた当時、これは最大級のもてなしであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。