一汁三菜に酒で迎えた往診の医師
どんな伝承か
守山領では、領内の医師にかかっても快気しないとき、三春や須賀川、郡山から医師を招くことがあった。この往診依頼にかかる費用は並のものではない。寛政三年七月、飯村左内宅の子供が病気になったおり、須賀川の小児医師・鈴木恭山に往診を頼もうと、駕籠人足四人と中間一人を迎えにやったところ、さらに人と人足を寄こすようにというので手配し直した。医師が着くと、一汁三菜に酒、取肴二種を出して接待している。祝言の振舞いでさえ一汁三菜以内と定められていた当時、これは最大級のもてなしであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。