庄屋の門前で腹を切った伊左衛門
どんな伝承か
享保八年、守山領小川村の伊左衛門が、庄屋の家の門前で腹を切って死んだ。なぜ死んだのか、いくら調べても理由がわからなかったため、乱気のゆえと判断された。当時、了解できる筋道が見あたらない振舞いは「本性」「本心」「正気」の状態にないものとされ、乱心として扱われた。逆に、その原因や意図が一見わかるように見える場合は、たとえ言動が奇異でも責任能力を厳しく問われた。伊左衛門の死が咎めを受けずに済んだのも、この判断があったからである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。