行き倒れた熊太郎の安駄送りの書
どんな伝承か
守山領内には三春街道が通り、奥州街道とも接していたため、領内を通る旅人が病に倒れることがあった。こうした病人は医師が治療し、必要なら養生させたうえで、安駄と呼ばれる庶民用の粗末な駕籠に乗せて村から村へ継ぎ送られた。天保八年五月十四日、横田領堀込村の藤衛門の甥・熊太郎、二十六歳が、金屋村内を通りかかって病に倒れ、歩行できなくなった。金屋村庄屋の遠藤弥兵衛は送り書を認め、茶縞袷、帯、木綿脚絆など所持品を残らず書き上げ、御公儀の触れの趣により宿々村々で順よく継ぎ送ってほしいと依頼している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。