福島橋の人柱と笑う白石
どんな伝承か
藩政時代、徳島本町から対岸の福島へは地切渡しという渡し舟で通っていた。安宅奉行の馬詰某が願い出て橋を架けようとしたが、流れが速く、築いても築いても崩れてしまう。人柱を立てねばと、通りかかった山伏を捕らえて有無を言わさず埋め、ようやく福島橋ができた。以来、毎年大晦日の丑三つ時になると川底から鉦の音が聞こえるといわれ、明治十年ごろまで大晦日の晩は人通りが絶えた。また橋桁の石垣の白い石が雨の夜に笑うお多福の顔になるといわれ、取り除かれたという。
原典より
また西側の橋ゲタの石がきの真中に、白い石が築かれてあったが、雨の晩には、それがお多福の面になって、ゲラゲラ笑うという評判がたち、とうどう取除いてしまった。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。