気仙沼に生まれた念写者三田光一
どんな伝承か
三田光一は明治十八年八月十七日、宮城県気仙沼の字釜前一一八番地に、父半造、母とりえの二男として生まれた。父は岩手県花巻の士族であったという。少年のころから天性の霊能を持ち、とくに透視の能力に優れていた。青年時代から行商も行ない、二十三歳で上京して精神修養団を創立、のちに帝国自覚会と改称して会長となり、透視の力を生かして各地を巡回した。生前から家と親交のあった宮司占部貞一によれば、非常に純情で信義に篤い快活な人であったという。のち丸亀における長尾郁子の念写の業績を伝え聞いて念写に関心を寄せ、大正四年十一月十日に「敵国降伏」なる文字の念写を発表している。
原典より
三田光一は宮城県本吉郡気仙沼市字釜前一一八番地において、明治十八年八月十七日父半造、母とりえの二男として出生し、父は岩手県花巻市の士族であった。—— 新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松・心霊科学・超心理学 事典・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松・心霊科学・超心理学 事典・現代)
序論「人類の将来」(新時代の曙光・科学の抵抗・ダモクレスの剣)に続く現象編・用語編を五十音順(ア行〜ワ行)に収め、アスポーツ・アポーツ・ESP(超感覚的知覚)・異言・意識変容状態・ウィジャ盤・エクトプラズムなど、超心理学/心霊科学の用語と現象を各項目に和名・英名・定義つきで網羅。各項目の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカーを付与した心霊科学事典。