針を吹いて鯉を射る浪人と消える牛馬
どんな伝承か
味泥生まれの友人の話として伝わる。明治初年のころ、味泥へ但馬の浪人と称する男がいつからともなくやって来た。坂道をだらだらと下りきったところに住み、村の商人から品を買い込んでは、代金を請求されると刀を差して出て脅すので商人は逃げ出した。この浪人には一つの芸があり、口に針を含み、水中の魚を黒鯉なら黒鯉と指されると、その魚を狙ってふっと吹く。狙いは違わず針は魚に抜け通り、魚は腹を返して浮いてきた。やがて誰も相手にしなくなって浪人は土地を去ったが、その後兵庫で博労宿を始めた者があり、売りに来た牛馬が契約もせぬうちに一晩でいなくなる怪事が続いた。捕手が調べると、宿の主人はその針打ちの浪人であった。
原典より
それは口へ針を含んでゐて、それを水の中の魚に討ち當ることであつた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。