出獄後に落ちぶれた音五郎の身の上話
どんな伝承か
松木騒動の関係者を訪ね歩いた筆者は、真土で伊藤佐治兵衛に会ったあと大磯に一泊し、翌朝、平塚の新宿で竹の屋という料理屋を営む伊藤音五郎を訪ねた。音五郎は七十二歳になっていたが、職人肌の歯切れのよい話しぶりで、平塚の新宿は彼が開いた町だとも言われている。出獄後は横浜で新聞屋や銀行を手がけたもののことごとく失敗し、しまいには新聞配達に落ち、目も悪くなり、女房の行方も知れなくなったという。真土の村方に合わせる顔もなく家を売り払おうと考えていたことや、十九歳の正太という少年が出家して正秀の名で平塚の寺にいることを語り、筆者はその話に涙を流した。
原典より
其の日は大磯に赴いて、驛最寄の旅館に一泊したが、翌朝は平塚新宿に竹の屋と云ふ料理屋をやつてゐる伊藤音五郎を訪うた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。