寅松の父からマッチを奪った熊
どんな伝承か
種雄の家を離れた熊は、その足で寅松の家へ向かった。寅松の家は同じ道を少し行き、坂を上ったところにあり、父親がまだ起きて煙草を吸っていた。寅松はいるかと問う熊に、父親はまだ帰らないと答えたが、熊は今帰ったはずだ、用があるから出してくれと引かない。父親が、自分が知らないのにどうしてお前が知っているのか、嘘だと思うなら上がって探してみろと言い返すと、熊は、それなら種雄の家に火をつける、マッチをよこせと迫った。欲しければくれと言えとたしなめた父親も、熊の荒い息に押されて煙草入れのそばのマッチを差し出し、熊はそれをひったくって走り去った。
原典より
『さうか、そんぢや種雄の家へ火をつける、マッチをよこせ、』—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。