小田原提灯を提げた賊と泥棒の叫び
どんな伝承か
小見川の鎮守の祭りの晩、夜中の二時ごろ、同じ村の長隊に住む農家彌太郎の家に、台所の雨戸を破って賊が入った。黒い外套をまとい、左手に古風な小田原提灯、右手に刃物を持ち、顔には白粉を塗ったのか面を着けたのか白く見えた。賊は夫婦の寝所に入り込んで金を出せと脅し、いびきをかいて眠っている女房の顔に刃を向けて起きろと迫った。その隙に彌太郎が外へ飛び出して泥棒と叫び、隣家に助けを求めると、賊はあわてて逃げ、持ち物を置き去りにした。遺留品は小見川町の金物店が市日に売った品と分かったが、人出の多い日で買い手はたどれなかった。
原典より
鬼腕は黒いの を着て、だの手に古風な小田原提灯、右の手にはだぜびを持ってるたが、其の は粉を塗つてゐるのか、それとも をつけてるるのか てあった。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。