軍用金を募りに来た鉤鼻の偽公卿
どんな伝承か
幕末も押し詰まると浪人があぶれ歩き、京都から来た者が下総の金持ちや名主の家を回っているという噂が立った。萬蔵の名主がある夕方に晩酌をしていると、京都から来た者だが主人に内々の話があると侍が訪ねて来た。座敷に通すと、見慣れない装束の若い男が上座に座り、名は明かせないが京都の公卿だと名乗り、朝廷に弓引く者を討つ軍用金を募っていると言って、金糸で菊の紋を縫い取った旗を広げて見せた。手元には二十両しかないと答えると、男はそれを受け取り、口外するなと念を押して去った。月明かりで見送るうち、名主は面長で目の鋭い鉤鼻の顔に、江戸へ出た干潟の勇次を思い出したという。
原典より
それは面長な眼の鋭い鉤鼻になった鼻の大きな顔であつた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。