歌舞伎座の売店に現れた故人
どんな伝承か
都々逸作家協会の雑誌を編集していた野崎可豊は、七月号の校了間際に急病で世を去った。後始末を引き受けた同人の船井小阿弥は、出来上がった雑誌を抱えて劇場の売店を回ったが、いつも可豊と二人連れだったので寂しかった。歌舞伎座の売店で顔なじみの老婆に挨拶すると、老婆は窓の方へ目をやり、可豊はどこへ行ったのかと尋ねた。死んだ者がいるはずはないと笑い、死去を告げて初七日の引き物の風呂敷を見せると、老婆はしばらく黙り込み、それでも浴衣の柄まで覚えていると言い張って、やがて手を合わせ念仏を唱えた。
原典より
* 金の義歯 (230)* 隱形術 (232)* 被服廠で死んだ友人 (232)* 蛇屋の娘の物狂い (233)* 遁げて往く人魂 (234)* 空を見る女 (235)* 手鏡 (236)*…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。