新居と岡崎の二重助郷に悩む田茂平村
どんな伝承か
慶応三年六月、遠州新居宿の当分助郷に指定されていた田茂平村は、すでに岡崎宿の当分助郷も務めていたため減免を願い出ていた。六月十五日付で新居宿の問屋飯田武兵衛らから、同じ嘆願をした足助町や、二重の賦課を理由とする御船村・田茂平村・亀首村・篠原村などに対し、道中奉行が江戸へ出てくるよう命じたとして、過去五年の免状を持参せよとの廻状が届いた。田茂平村の者が期日までに新居宿へ出向くと、両宿の役人の話し合いで時期を区切って双方を務めることで片がついていたが、七月には奉行所から新居宿の助郷を怠ったのは心得違いだと叱られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。