笠森観音参詣の翌日に描いた女神
どんな伝承か
心に浮かぶ姿を絵にしたいと願いながら、学校の図画のほかに心得がなく、自分には無理だと思い込んでいた著者は、昭和四十年五月二十三日に千葉の笠森観音へ参詣した。翌二十四日、小学校以来描いたことのなかった絵を一気に描き上げた。地球儀の上に女神が立ち、足もとに竜が横たわり、五つの輪を組ませて五大宗教の和を表し、紫の雲をたなびかせた図だった。描き直そうと何枚描いても二度とうまくいかず、絵としては拙くても大神の思し召しを表したものとして、毎日女神として礼拝しているという。
原典より
昭和四十年五月二十三日、千葉の笠森観音に参詣して、翌二十四日小学校の頃以外に書いたことのない絵を書き始めたのです。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。