爆心地一キロでの被爆と河原の三日
どんな伝承か
広島の開業医松尾公三さんは、原爆が落ちたとき西部第二部隊の幹部候補生として爆心地から約一キロの地点にいた。背中の上着が焼けて煙を上げ、首や両手は皮がずるりとはがれるほどの火傷を負った。近くの川の河原にたどり着いて水を飲むと動けなくなり、うめく負傷者や、ガソリンで焼かれる遺体に囲まれて三日三晩横たわった。熱と化膿で頭がぐらつくなか、五日目に家族と連絡がつき、翌日陸軍病院に入院した。耳からうじ虫が出て、髪は束で抜け、白血球は常人の十分の一に減った。終戦翌日の八月十六日から原爆症が悪化し、四十度近い熱が続いたという。
原典より
ようやく近くの川の河原にたどりつき、水を飲むと倒れて動けなくなった。—— 臨死体験(立花隆)(立花隆・臨死体験・ノンフィクション) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
臨死体験(立花隆)(立花隆・臨死体験・ノンフィクション)
『臨死体験(立花隆)』は、立花隆が著したノンフィクションである。一九九一年三月放送のNHKスペシャルのための取材を出発点に、日本と欧米の体験者の証言、キュブラー・ロスやムーディら研究者への聞き取り、「文藝春秋」連載中に寄せられた体験談を収める。体外離脱、光の体験、文化による体験の差、感覚遮断や脳の仕組みを章ごとに論じ、末尾で現実体験説と脳内現象説を比べたうえで、著者は基本的に脳内現象説に立つと述べる。