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刈谷の家々の戸口に落ちていたお札

所在地愛知県刈谷市
年代慶応三年(一八六七)九月
登場町庄屋 加藤新右衛門、加藤仲右衛門、太田市衛門、島津八兵衛、竹本要右衛門、札の落ちた家の主(中町)、札の落ちた家の主(本町)、札の落ちた家の主(末町)、札の落ちた家の主(肴町)
出典日本神異見聞伝

どんな伝承か

城下町であった刈谷には詳しい記録が伝わっている。町庄屋加藤新右衛門が奉行所へ提出した届書によれば、秋葉大権現の札が中町の加藤仲右衛門宅表口へ、疱瘡除の守札が本町の太田市衛門宅裏へ、不動明王の身影が本町半兵衛宅裏へ、秋葉大権現の札が末町の島津八兵衛宅と松兵衛宅の表口へ、多賀大明神の札が末町南平宅・市原町銀蔵宅・正木新町彦八宅の表口へ、二見興玉大神宮の札が肴町竹本要右衛門宅裏へ落ちていた。庄屋は九月十五日から七日七夜、釣提灯と笛太鼓で祝いたいと願い出た。多くの土地では屋根や庭に降ったのに、刈谷では表口裏口に落ちていた点が異例である。

原典より

また、どのお札も家々の表口か裏口に「落ちていた」のが本当だとすれば、他の町々や村々の場合と違って、これは異例だ。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))

『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。

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