父母の急死に墓前で気絶した宗忠
どんな伝承か
文化九年八月、備前御野郡上中野村大元の今村宮の禰宜であった黒住宗忠は三十三歳のとき、激しい下痢を伴う流行病により、わずか七日の間に父と母とを相次いで失った。天性正直で幼少の頃から人一倍孝心の篤かった彼は傷心やる方なく、明けても泣き暮れても歎き、ある日のごときは父の墓前において涕泣の極みついに気絶したことさえあった。このような悲傷のあまり、翌十年の秋からついに病の床につくに至り、翌年には医師から見放されるほどの重態に陥ったという。
原典より
文化九年八月、宗忠三十三歳のとき、わずか七日の間に、父と母とを、激しい下痢を伴なう流行病によって、相次いで失った。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。