冬至の日拝で得た天命直受
どんな伝承か
文化十一年正月十九日、三年越しの病に医師が匙を投げ、備前大元の黒住宗忠は天命と覚悟した。そのとき、父母の急死を悲しんで陰気になったからこの大病にかかったのだ、心を陽気にすれば治るはずだと思い至り、天恩の有難さに心を向けたところ、その時を境に病は軽快に赴いた。二か月後の三月十九日、入浴して縁側に匍い出て太陽を拝むと三年越しの病が一時に全快した。さらに十一月十一日冬至の朝の日拝では、太陽の精気が身体全体に満ちわたり肺腑に徹る思いがした。これを黒住教では「天命直受」と呼ぶ。
原典より
さて、問題の十一月十一日冬至の朝、宗忠が日拝をして一心不乱に祈念していると、太陽の精気が身体全体に満ちわたり、肺腑に徹る思いがした。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。