岡山藩による吐普加美講の取調べ
どんな伝承か
江戸の神道家井上正鉄の高弟伊藤要人は、師の命を受けて江戸を離れ、郷里の信州飯田を経て、弘化二、三年ごろ備前岡山の城下にこつぜんと現れた。鈴を振りながら神咒トーカミエミタメを大声で唱えて町を歩き、吐普加美講を起こすと、中山縫殿之助らの熱心な修行者を得て、神官や医師といった知識層まで次々と入信した。勢いを放っておけなくなった岡山藩は、安政三年四月三日、頭首の要人ら幹部を捕らえ、七月二日まで丸三か月にわたって厳しく取り調べた。それでも信者たちはひるまず、いっそう熱心に神咒を唱え、息の術を修めて、教えを明治まで守り伝えたという。
原典より
遂に安政三年四月三日、吐普加美講の頭首伊藤要人その他幹部を拘引して、七月二日に至るまで丸三カ月の間、厳しい取調べを行なった。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。