内蔵の二階で下った最初のお指図
どんな伝承か
教祖みきが息を引き取っておよそ二時間後、主だった弟子たちは中山家の内蔵と呼ばれる建物の二階の六畳間に上がり、飯降伊蔵に頼んで神意を伺った。伊蔵の口から出たのは、子供がかわいいゆえ親の命を二十五年縮めて今から助けに出る、扉を開いて地をならしてくれと言ったではないか、思うようにしてやったという言葉だった。著者は、皆が動転している最中に霊と交わろうとするのは心霊学の常識から見て無謀であり、扉を開けと答えた弟子たちは教祖の命を縮めよとは誰も考えていなかったのだから、これは神の言葉ではなく伊蔵自身の意識が苦し紛れに口に出たものだろうと評している。
原典より
それゆえ、教祖が午後二時に息を引き取ってから約二時間後に、主な弟子たちは中山家の内蔵と呼ばれていた建物の二階の六畳の間へ昇り、伊蔵に頼んで神意を伺って貰った。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。