ネエヤの死を告げた二歳の子
どんな伝承か
西丸震哉が満二歳の頃、家では「ネエヤ」と呼んでいた女中のお春が、郷里から人手が足りないという便りを受けて半月の暇をもらい帰っていった。十日ほど後、母が震哉を背負って青山の通りを歩いていると、花屋の前で震哉が急にむずかり、「ネエヤにお花を買ってやろう、ネエヤは死んだんだから」と繰り返して足をばたつかせた。母は縁起の悪いことを言うなと叱り、聞き分けのない子だと思いながら帰った。一週間ほど後にお春の母から便りが届き、お春は帰郷後まもなく疫痢で急死していた。死んだのはちょうどその日ごろだったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年))
『続 山だ原始人だ幽霊だ』は、西丸震哉が昭和四十七年に著した随筆集で、一冊の予定を前後編に分けたうちの後編である。ニューギニアやニューブリテン島の未開部族を訪ねた探訪記と原始社会の食生活論に続き、幽霊についての自説、自身や身内が出会った怪談、テレパシー・呪い殺し・雨やみの術の実験談を収める。「原始人」「幽霊」「テレパシー」の三部からなり、カバーと挿絵も著者が描いたとあとがきにある。