二・二六事件の夜と勝太郎の小唄
どんな伝承か
二・二六事件の当夜、帝国ホテルから三度も電話がかかっており、出てみるとハワイ大学のグレヴ・エム・シンクレア博士であった。駆けつけるとロビーではフランス大使やアルゼンチン大使まで立ち上がって国の不幸を悼む挨拶をする。博士は著者の肩を叩き、これは一体クーデターかそれとも革命かねと眉をひそめ、続けて『島の娘』の歌が聴きたいという。料理屋は遠慮したほうがよかろうと、著者は小唄勝太郎の自宅へ電話をかけ、自動車で築地へ向かった。途中の宮城方面は陰暗として人影もなく、白い雪の上には機銃の銃座が増え、濠には戦車らしいものが隠してあった。その晩、刺身で日本酒を傾けながら博士は勝太郎の美声を十分に味わったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。