鼠穴から飛び出す逆さまの女の首
どんな伝承か
七月二十一日、稲生屋敷の居間の隅にある鼠の穴で何かが動いた。よく見ると、逆さまになった女の首が四、五寸ほど伸び出してくる。長い髪を円座のように巻いた上に首だけが逆さに載り、切り口は柘榴の実のように赤くはじけ、お歯黒の歯を見せて笑いながら飛んできた。柱の根元からも同じ首が次々に飛び出し、髪を尾のように引いてぱらぱらと音を立て、笑いながら平太郎に迫る。扇で打とうとしても鳥のように身をかわし、追い詰めると消えてまた後ろから現れ、夜明けとともに皆柱の根へ戻って消えたという。
原典より
よく\/見れば、女の首ばかりなるが、しかも逆さまになりて、四五寸ほどのび來るなり。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。