網の目のように並ぶ台所の人の顔
どんな伝承か
七月二十七日、四つ時を過ぎたころ、稲生屋敷の台所でもやもやと動くものがあった。人の顔のようでありながら数多く連なって網の目のようになり、縦長の菱形や横に平たい菱形の顔が縦横に並び重なって目まぐるしく変わる。縦になれば口を開け、横になれば口を閉じ、息を吹きかけるようにも見えた。居合わせた金左衛門は顔を青菜のようにして奥へ這い込み、陰山は刀を抜いて斬り払ったが煙を斬るようで手応えがなく、どっと笑う声に驚いて庭へ飛び降り、暇を告げて帰ってしまったという。
原典より
人間の貌の様には見えながら、數多にて網の目の如き貌にして、竪菱に長きもあれば横菱にひらたきも有て、其貌段々並び重なりて堅になり横になり、甚目紛はしく出来れば、金左衛門今はたまらず、平太郎をうろたへ呼起す。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。