三十日の末に名乗った山本五郎左衛門
どんな伝承か
七月の晦日、激しい夕立のあと晴れ渡った星空の下、稲生屋敷に、年は四十ばかり、四角四面の太った大男が縹色の帷子に浅黄の裃、両刀を差して悠然と現れた。平太郎が斬りつけると男は影のように壁の中へ入り、山本五郎左衛門と名のって、人間でも天狗でもない魔王の類だと告げる。比熊山で平太郎に行き会い、難に遭う月日を待って驚かしたのだという。害をなせなかった山本は九州へ下ると言い、助けが要るときは北に向かって名を呼び、この槌で柱を叩けと槌を与え、化け物の行列を従えて空へ消えていったという。
原典より
その男は、日本では山本五郎左衛門というものだと名のり、「人間にもあらず、又天狗にも非ず、我は魔王の類なり」という。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。