篁と九条殿が遭った百鬼夜行
どんな伝承か
百鬼夜行とは、さまざまな妖怪が夜に列をなして練り歩くことで、人々は正月の子の日、二月の午の日などと定められた百鬼夜行日には家にこもって忌んだ。『江談抄』には、小野篁と高藤卿が中納言・中将であったころ、朱雀院の門で百鬼夜行に出遭ったとあり、『大鏡』も九条殿が百鬼夜行に遭ったことを伝えている。著者は、遭遇した人の名がいちいち書き留められているのは、その人物自体が並の人とは違う特別な存在とみなされていたからだろうと述べる。
原典より
『江談抄』に「野篁井高藤卿、中納言中將之時、於三朱雀院門遇百鬼夜行」と見え、『大鏡』には「九條殿は百鬼夜行にもあはせ給へる」とある。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。