西宮吉井良秀の少年の日の思い出
どんな伝承か
西宮の吉井良秀は、十五歳のときの思い出として、慶応三年の秋から冬にかけて「ええじゃないか」が至って盛んであったと語る。お札が降った家では喜んで、店や玄関の人目につく所に急ごしらえの神壇をしつらえて祭ると、親戚や知己、近所から鏡餅や菓子肴などを供えに来る。そして親戚知己が踊りに来る。男も女も仮装し、派手な襦袢を着て一団をなし、手に手に采配のようなものを持って、まず神社に出かけ、それから知人の家々へ踊りに廻った。どの家も同じで、毎日商売を休んで市中は踊りで騒ぎ立て、「エイジャナイカ ヤットスリャ夜明の鐘が鳴る」と連呼したという。そんなさなかの十一月末日に長州軍が上陸すると、群衆はその宿所へ踊り込み、兵士とともに踊ったと伝える。
原典より
降った家では悦んで俄に神壇を店や玄関の人目に近い所にしつらへて祭ると、親戚や知己や近所から御祝に鏡餅や菓子肴種々な物を供へに来る。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。