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「えいじゃないか」を囃した大坂の豊年踊り

所在地大阪府大阪市中央区(御霊神社)
年代慶応3年6月
登場大坂市民
出典ええじゃないか

どんな伝承か

天保期の京都の豊年踊りは市中の外へはあまり広がらなかったが、慶応三年六月には大坂で豊年踊りがはやった。このときは初めから「えいじゃないか」を合いの手にしており、長州のおかげで米が百文で一升買える、ちりめん一反が二分になる、諸色が次第に安くなると囃した。『岐阜県史』によれば、長州再征が取りやめになったあと、米価の暴落をきっかけに大坂ではやりだした俄躍りの囃し唄が伝わったもので、六月下旬には大垣あたりまで広まっていた。この踊りは船場の御霊稲荷への参詣者が繰り広げたものだったという。

原典より

このときは、最初から「えいじゃないか」を間の手にしており、この踊りは六月下旬に大垣あたりまで伝播していた。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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