催眠で千里眼を得た女学生
どんな伝承か
明治末年、御船千鶴子と長尾郁子の千里眼騒動の後、各地に霊能者が現れた。門脇鼎が『心理時報』にまとめた名簿には、千鶴子と郁子を含めて二十八名が挙げられている。その十一番目が、秋田市中長町の高等女学校生徒、高壁光子十六歳である。千里眼が可能になった動機は、催眠中に千里眼が可能だという暗示を受けたことだと記されている。名簿の多くは千鶴子や郁子を模倣した者で、催眠術による暗示から入った例も少なくない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊哲学の現状(高橋五郎・1919年(大正8年))
『心霊哲学の現状』は、高橋五郎が大正八年に著した心霊研究の概説書である。英国のロッジが戦死した子レイモンドの霊と交わした冥界通信をはじめ、欧米の交霊術と霊媒の実例を訳して紹介し、日本の催眠術と千里眼の流行、御船千鶴子・長尾郁子の事件、霊光や念写までを論じる。篇と章に分け、心霊哲学とキリスト教、クリスチャン・サイエンス、淘宮術との関係や、太霊道など国内の霊術諸派も取り上げ、ところどころに評註を添える。