和宮の行列が菰で隠した縁切り榎
どんな伝承か
板橋宿の中山道沿いに立っていた榎の大木は、縁切り榎と呼ばれて江戸のころから知られていた。願う者の意向とは関わりなく一方的に縁を断ってしまう木だとされ、花嫁や仲人がその下を通れば必ず話が壊れるといわれた。幕末に皇女和宮が将軍家茂のもとへ降嫁する道中もここを通ることになり、行列からは木が見えないよう菰をかけて隠したと伝わる。同じような言い伝えは、安倍晴明が式神を隠したという京の戻り橋にもあり、その橋を渡った花嫁は縁談が破れて実家へ戻されるといわれていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
王権の呪術的起源(ジェイムズ・G・フレイザー・近代(人類学)/日本民俗)
人類学者J・G・フレイザーの王権論『王権の呪術的起源』全9講に、日本民俗のエッセイ(第六天の魔王・ひのえうま・三隣亡・一つ目小僧・即身仏・縁切り榎・神隠し・相撲・河童)を合本した書。