判官の前で抜けた歯と無罪判決
どんな伝承か
明治三二年の師走五日、口縄坂の上の施術所に二百人余りの病人が集まり、西岡裁判長ら判事、芥川検事、弁護士が臨席して気合術の実地検分が行われた。患者に手を触れず痛みも与えないことが条件で、選ばれた十五人のうち最初の吉田徳松は、呪文と九字ののち自分の指で抜けた歯をつまみ出し、医師も黙って引き下がったという。リューマチで歩けなかった前田喜一も気合を浴びて立ち上がり歩き出した。一二月一六日の控訴審は無罪、検事の上告も翌年一月一八日に棄却され、熊嶽はなかば公然と大阪で施術できるようになった。
原典より
「あれで歯が抜けるのか?」という疑問に、吉田は緩慢な動作で答えた・・・・・・おずおずと差し出す手の指先には、わずかばかり血に染った歯がはさまれていたのだ。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。