痰を吸った天然と葉山での最期
どんな伝承か
天然は明治六年、岐阜県加茂郡和知村の農家に生まれ、村一番の秀才として東京高等師範を首席で出た。明治三八年の初め、麻布の精神研究会を訪ねた古屋鉄石は、天然が肺病らしい婦人の喉にからんだ痰を自分の口で吸い出すのを見て、感染を恐れてやめるよう忠告したが、天然は精神力の前に物質は従うと譲らず、兵士の膿を吸った呉起の吮疽の仁を語った。その夏から天然は熱に悩み、結核に冒されていた。門人の葉山の別荘で療養し、死期を悟ると精神学の見直しに没頭したが、明治三九年三月九日に急変し、三十四歳を目前に世を去った。
原典より
―――天然は、鉄石が心配した肺結核菌に犯されていたのである。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。