大橋邸の十四博士と道徳天の透視
どんな伝承か
熊本の御船千鶴子は、義兄清原猛雄の催眠術で精神統一に入り、明治四一年に透視の力を得たという。済々中学校長の井芹経平の勧めで東京帝大の福来友吉が通信実験を始め、京大の今村新吉と七十回余り試して良好と結論した。明治四三年九月、上京した千鶴子を迎えて、麹町の大橋新太郎邸で十四人の博士を集めた透視実験が開かれたが、初回は不手際があり不首尾に終わった。一七日の再実験では、厳重に封じた壺の中の名刺の文字を千鶴子が道徳天と当て、それは元良博士が書いたものだった。報道は全国に広がり、各地で千里眼を名乗る者が現れた。
原典より
千鶴子の記した答は「道徳天」、被験物に異常がないことが確かめられ、箱が、壺が、開かれ――出現した名刺には「道徳天」とあったのだ。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。