千里眼実験録と帝大理学者の反撃
どんな伝承か
長尾邸での実験のあと、当事者の藤と藤原咲平は『千里眼実験録』を著し、福来友吉は著作の上では以後沈黙を守った。著者は騒動の構造を、全国的な千里眼ブームを土台に千鶴子・郁子という能力者が現れ、維新以来ようやく整備された報道機関が情報を何重にも増幅した結果と整理する。追試者の山川健次郎・藤・藤原・中村清二はいずれも理学者で、福来を含めほとんど全員が東京帝国大学の教官であった。藤原は「丸亀に於ける千里眼現象は手品に由りて成さるものならんか」と断じ、山川は事実の有無の判定は物理学者が適任だと述べた。物理勢が一丸となって対抗した心理学者は福来ただ一人であった。
原典より
長尾邸実験のあと、実験当事者の藤と藤原は『千里眼実験録』(明治四四年、大日本図書)を著した。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。