三度の八日に村境へ送る八日送り
どんな伝承か
三河の北設楽郡の山村では、二月・六月・十二月の三度の八日に、御幣と露払いと呼ぶものをこしらえ、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら村境まで送っていく八日送りが行われていた。三度のうち六月八日の分だけは、新しい小麦の藁で人形を三体作って殿様・奥方・御供と名づけ、御供の人形に小麦の包みを背負わせた。ほかの二度は東の村境へ送るのに、この回だけは西の村境へ送るので別の目的もありそうだが、土地の人は、二月には善光寺へ、六月には伊勢へお参りを代わってもらうのだと話していたという。
原典より
鉦太鼓を鳴らして村の境まで送って行くことであった。—— 厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年))
『厄除け――日本人の霊魂観』は、佐々木勝が昭和六十三年に名著出版から刊行した民俗信仰の論考集である。鬼・悪魔・疱瘡神・一つ目小僧など人に災いをもたらす神霊を「厄神」と総称し、その来訪を防ぐ呪術と祀り上げる祭祀を、著者の民俗調査と国学院大学民俗学研究会の採訪記録などの事例から説く。禁忌と呪術、百鬼夜行と目籠、鬼の宿と笹神様、年神とミタマの飯、厄年と年祝い、正月行事と司祭者など八章からなり、うち四章は書き下ろしである。