一月二十四日夕方の海難法師
どんな伝承か
新島では一月二十四日の夕方に海難法師が通るとされ、雨戸にトビラの葉をさし、門口に籠をかぶせて戸を閉ざし、外へは出なかった。便器まで屋内へ取り込むほどで、お産や急病でやむなく外へ出るときは頭にトビラの葉をつけたという。伊豆諸島に来るというこの怪は島ごとに日がずれるが、いずれの島でも恐れられた。前身は村を廻る役人とも僧ともいい、咎めを受けるのを恐れて逃げて来たという由来も語られる。油揚げを供えたり屋敷神として祀る家もあり、この晩は白紙を口にあてて口をきかない親だまり・子だまりの習わしもあった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年))
『厄除け――日本人の霊魂観』は、佐々木勝が昭和六十三年に著した民俗信仰の論考集である。鬼・悪魔・疱瘡神・一つ目小僧など災いをもたらす神霊を「厄神」と総称し、その来訪を防ぐ呪術と祀り上げる祭祀を、著者の民俗調査と各地の採訪記録の事例から説く。禁忌と呪術、百鬼夜行と目籠、鬼の宿と笹神様、厄年と年祝い、正月行事と司祭者など八章からなり、五章は書き下ろしで、章ごとに注を付す。